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名古屋地方裁判所 昭和48年(ワ)762号 判決

原告

楠玩具株式会社

右代表者

楠円治

右訴訟代理人

岩田孝

外三名

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

高木文雄

右訴訟代理人

森本寛美

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一一四万一七五〇円及びこれに対する昭和四九年七月一八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  被告敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は名古屋市内に本店を有する玩具等の製造販売等を営む株式会社であり、販売先到着期日が重要な意味をもついわゆる「キワ物」という五月節句商品などを取り扱い、全国各地に販売先をもつている。そして、右販売先への商品の輸送にあたつては過去永年に亘り、被告経営の鉄道(以下「国鉄」という。)による貨物輸送を利用し、右国鉄利用が取引条件決定等の前提要素となり、この前提の下に商品価格、納入期間等を定めてきた。

2(一)  被告には、被告従業員のうち主として機関士をもつて組織された国鉄動力車労働組合(以下動労という。)と一般職員をもつて組織された国鉄労働組合(以下国労という。)とがあるところ、右両労組は昭和四八年春闘の一環として、動労は「運転保安」を、国労は「反合理化」を重点要求項目として、同年三月五日午前零時から順法闘争の名の下に争議行為を開始した。

(二)  動労は予定を昭和四八年三日一〇日までの第一波行動として、安全運転の励行という名の下に国内全線域にわたり、通常の場合に比して最高三割の減速運転を行つた。また国労は施設、工場等の職場で人減らし合理化撤廃等を要求して怠業争議に入つた。そして、争議開始の翌日の三月六日午前には、早くも、全線域で急行、特急の旅客列車で約三〇分ないし約一時間四〇分の遅れが生じ、東京近辺首都圏では国電が午前中だけで一一九本の運休を生じたり、混乱により多数乗客に怪我人が生ずるほどになつた。また一般貨物列車については、国労のストライキとも重なり合い、三月七日までで全線で三、〇二一本の運休を生じ貨物の滞貨、着遅れが日を追つて大きくなつた。

(三)  ついで、動労は三月一二日以降同月一七日まで、右に続く第二波行動として再び従前の争議を続行した。他方国労は同月一三日の国鉄上尾駅の旅客騒動等の結果、同月一七日に闘争延期の声明を出して第二波闘争でその争議をひとまず終つた。

(四)  さらに動労は三月一七日に至り順法闘争から本格的なストライキとして全国で東京、高崎、広島、米子、盛岡の各地方本部で約七〇拠点を選び、同日半日ストライキを実施し、その余の地区でも従前どおり、減速、停車時間延長等による順法闘争を続行した。この結果、スト拠点となつた地域をもつ東北、高崎、上越、山陰、山陽、常磐線等は約半分の列車が立往生や完全ストツプとなり、また、貨物列車に至つては拠点地域外でも他線区の影響、順法闘争、旅客列車優先の影響を受け、運休列車本数は一七日は勿論、同日前より、莫大な数に達していた。

3  ところで、一般国民は国鉄を日常生活及び自己の業務のため正常に利用して利益を享受できる一般的利益を有するが、それは単なる反射的な利益にすぎないものではない。すなわち、利用者側としては、恒常的な生活、業務をなすにつき、国営事業の本旨と法律の規定に基づき、安心してこれを利用し、かつ、正常に利用できることを行動の基盤としている。この国鉄を利用できる利益、利用したときに被害を受けない利益(以下これらを国鉄利用権という。)は正に法的に保護される権利もしくは利益と評価されなければならず、したがつて、右国鉄利用権に対する侵害は違法といわねばならない。

ところで、昭和四八年三月の本件国労、動労の争議行為の結果原告の有する国鉄利用権が侵害された。すなわち、

(一) 本件争議行為は貨物輸送を異常なまで遅滞せしめたため、原告は商品の延着を回避するため、未発送分については急遽他社トラツク便の利用を余儀なくされた。原告は、順法闘争が同年三月五日より開始されることを知つて、納期に遅延することを懸念し、一部は二月中よりトラツク便に切替え始めた。しかし、三月九日ころまでは、原告が自主的に切替えたものであり、敢えて、国鉄を利用しようとすればできないわけではなかつた。しかし、遅くとも同月一二日以降は動労の戦術強化が発表され、かつ、滞貨、遅延が増大し、この時以降国鉄便を利用することは、もはやキワ物にとつて実質的に運送拒否と同視すべき客観情勢になつたため、原告はそれ以後別紙計算表1に示すとおり他社トラツク便を利用せざるを得なかつたのである。

(二) 原告は訴外日本通運株式会社(以下日通という。)を運送取扱人とし、被告を運送人として昭和四八年二月二八日及び同年三月五日玩具商品を発送したが、右玩具商品について別紙計算表2に示すとおり商品の大幅な延着が生じた。

4(一)  動労及び国労の組合員はいずれも被告職員であり、右被告職員らは公共企業体等労働関係法(以下公労法という。)一七条、日本国有鉄道法三二条、三三条に違反して本件争議行為を行つたものであり、争議行為に加わつた被告職員の行為が違法となることは多言を要しない。もとより、右の違法行為は、右の職員らが、使用者の支配外においてなした労働争議に基づくものであるとはいえ、もともと被告職員の争議行為自体、公労法で一般的に禁止されている以上、被告の内部関係すなわち使用者と労働者との関係においてはともかく、対利用者の関係では、労使を問わず国鉄が一体として法律をもつて利用者の利益を侵害してはならないとされる現制度下では依然違法と言わざるを得ない。よつて、被告は民法七一五条に基づき原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告の業務の管理、運営は理事会が行うものとされ、理事会は総裁、副総裁及び複数の理事をもつて構成されているが、この理事会が動労、国労に対して使用者側である。動労、国労は、使用者側との交渉過程において使用者側が労組の要求に対し誠意ある処置をしない限り争議に入ることは多年の事例に徴し明白であつたにもかかわらず、本件において、理事会は、何ら誠意ある交渉を行わず争議回避の努力を怠つた。すなわち、両労組が早くから要求項目として掲げていた反合理化の要求は、闘争開始の三月五日よりかなり以前に公然化されていたところであり、また、両労組が最後まで要求していたことであるにもかかわらず、同日直前から最後まで、理事会は、「一一万人合理化を掲げた国鉄再建一〇か年計画」につき、これを撤回、修正する方向で努力せず、また、争議に入つてからは保安問題としての「国電二人乗務」、「深夜乗務制限等の要求事項」についても、理事会は前者を全く無視し、後者には具体案の一つも出さず、単に前向き検討等の抽象論に終始した。また、動労の三月一七日拠点ストを前に行つた労使トツプ会談では、理事会において動労側の要望を頭から突つぱねたため、会談はわずか四五分間で終了した。以上のような、使用者側すなわち理事会の怠慢は前記順法闘争、スト発生につき大なる過失といわなければならない。よつて、被告は民法四四条に基づき原告の損害を賠償すべき義務がある。

(三)  以上のとおり、国鉄職員は違法に争議行為を行つたものであり、また、使用者側は争議回避の努力を怠り、ひいては鉄道営業法六条によつて禁止される運送拒否と実質的に同視すべき情勢を惹起させたものであるから、これらは労使一体の違法行為として被告自身の不法行為と評価しうる。よつて、被告は民法七〇九条に基づいて原告の損害を賠償する義務がある。

(四)  原告は日通を運送取扱人とし、被告を運送人として昭和四八年三月五日発送した玩具商品につき商品の延着が生じた(別紙計算表2の番号2)。右は被告の故意または過失による債務不履行によるものであり、被告はこれに因つて生じた損害につき商法五七七条により損害賠償義務がある。

5(一)  原告の他社トラツク便切替により生じた損害は、別紙計算書1に示すとおり少なくとも三月一三日発送分から同月二〇日発送分まで合計金六四万一七五〇円である。

(二)  原告が日通を運送取扱人、被告を運送人として昭和四八年二月二八日及び同年三月五日発送した商品の延着は別紙計算表2に示すとおりであり、このため荷受人(番号1は訴外有限会社高岡屋、同2は訴外小林玩具株式会社)に対し、合計金五〇万円の被害弁償(名目は値引きで処理)を余儀なくされ、同額の損害を受けた。

6  よつて、原告は被告に対し不法行為による損害賠償請求として(別紙計算表2の番号2については、選択的に債務不履行による損害賠償請求として)右損害金合計金一一四万一七五〇円及びこれに対する昭和四九年七月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の(二)の事実は認める。

同2の(二)の事実中、三月六日には旅客列車で約三〇分ないし約一時間四〇分の遅れが生じたこと、原告主張のように国電一一九本の運休を生じたこと、多数乗客に怪我人が生じたこと、三月七日までに貨物列車が三〇二一本の運休を生じたことは認めるが、その余の事実は不知。

同2の(三)の事実中、三月一二日から動労が再び争議を続行したこと、同月一三日上尾駅で旅客騒動が起つたことは認めるが、その余の事実は不知。

同2の(四)の事実中、動労が三月一七日東京、高崎、広島、米子、盛岡の各地方本部を拠点として半日ストライキを実施したことは認めるが、その余の事実は不知。

3  同3の冒頭の主張は争う。同3の(一)、(二)の事実は不知。

仮に国鉄利用権があるとしても、それは単なる事実上ないし反射的な利益であつて、法律的に保護される権利もしくは利益ではない。

4  同4の(一)ないし(四)の事実中、動労及び国労のいずれの組合員も公労法一七条により争議行為を禁止され、争議行為に加つた職員の行為が違法となること、被告の業務の管理、運営は理事会が行ない、理事会は総裁、副総裁及び複数の理事をもつて構成され、理事会が労働関係については使用者側となること、動労の三月一七日拠点ストを前に労使トツプ会談が行われたことは認めるが、その余の主張は争う。

(一) 本件闘争期間中、被告は原告から貨物輸送の申込を受けてそれを拒絶したという事実はなく、争議の客観状勢からみて、キワ物にとつては国鉄便を利用することができないと原告が判断したというだけで、ただちに被告に不法行為が成立するいわれはない。鉄道営業法六条は鉄道事業者が正当な理由なしに旅客、貨物の運送の申込を拒絶し得ないという公法的な義務を定めたものであつて、運送を申込む者に対する私法上の承諾義務を定めたものではない。従つて、その運送引受義務違反は、不法行為上の違法性とは別異に判断されなければならないものである。

(二) 日本国有鉄道法三二条、三三条等は、職員たる身分関係に基づいて被告に対する職員の義務を定めたものであり、また、公労法一七条は公共企業体等に対して争議行為をしてはならない義務を定めたものであつて、いずれの法も、第三者に対する私法上の義務を定めたものではない。従つて、これらの法令上の義務違反行為によつて、その行為者等に不法行為に基づく損害賠償義務が生じるか否かの点はともかくとして、被告が第三者に対する損害賠償義務を負担すべき筋合はない。また、被告が民法七一五条の不法行為責任を負うべきいわれもない。けだし、争議行為が行われている場合は、被用者は使用者の指揮命令を離脱して、労働組合の決定に従い、独自の行動をしているものであつて、被告の指揮命令の下に事業の執行をなしているものでないからである。

(三) 労働者は憲法二八条によつて、団結権、団体交渉権、その他団体行動権を保障された結果、使用者も反射的に団体交渉上の自由を保障されているのであつて、使用者はこの自由によつて、団体交渉をいかに進め、組合の争議行為にいかに対処するかの自由を有するものと言わなければならない。この使用者の自由は、自己の有する経営権能に由来する当然の権能である。のみならず、この自由は第三者関係においても保障されるのであり、使用者は対第三者関係を懸念し、労働者の要求に屈服することを強いられるものではない。従つて、使用者は、争議行為により当然、予想される広範な第三者群の損害を回避するために、争議行為を未然に防止すべき義務を不法行為上の義務として負つているものと言うことはできない。原告の主張は、被告役員の過失ある不作為による不法行為の成立を主張しているもののようであるが、被告役員には作為義務はなく、不法行為の成立を論ずる余地はない。もとより、被告の公共性からみて、被告の業務執行機関たる役員は、争議行為によつて、広範な第三者群が迷惑を被ることを回避するために、極力、組合との団体交渉を尽し、紛争の解決を図るべきことは当然であるが、被告役員は、次のとおり争議行為回避の努力を尽したのであるから、民法四四条を根拠とする原告の主張も理由がない。

(1) 動労の動きを察知した被告は三月一日動労幹部を招き、話合もないまま闘争に入ることのないよう再考を促し、さらに同月五日に話合うことを約束したのであるが、動労はこの約束に背き三月五日午前零時より順法闘争に突入した。そこで被告は動労に対して闘争を中止するよう申入れるとともに、引続き夜を撤して運転保安の話合を行つたのであるが、その過程において被告は、直ちに争議行為を中止して平和的に話合うよう説得し、かつ、専門的技術的問題については専門委員会を設けて話合うよう提案した。けれども動労はこれを聞き入れず、引続き交渉を重ねたが進展しないので、被告は事態収拾をはかるため三月八日公労委にあつせんを申請した。公労委は同日あつせんを開始したが進展しなかつたため、同月九日朝になつてあつせんを打切つた。その結果、被告は早速自主解決にむかつて話合を再開し、連日折衝を重ねた。三月一〇日午後七時すぎ、事態を重視した政府の指示により仲介の労をとることになつた労働大臣は、被告、国労、動労の三者を招き解決の要望をした。そこで労使双方が折衝を重ねた結果、国労は事態収拾をはかることに同意し、ただちに同月一二日からの闘争準備指令を中止した。動労は、おおむね諒解したものとみえたが、その後同月一二日以降の闘争続行を決定し、同月一二日より再び闘争を続行した。

(2) ところで、三月一三日高崎線上尾駅で上野行通勤電車の乗客の暴動事件が発生し、この騒ぎは、宮原、北本、大宮各駅に連鎖的に波及し、このため、高崎線、東北線、川越線、上信越線は一時全面的に運転を中止する状態となつた。そこで被告は事態の重大性にかんがみ、同日動労三役を招いて闘争中止を説得するとともに保安設備問題について前向きの提案を行つたが、動労は深夜乗務等の二人乗務を強く要求して、被告の懸命の説得にもかかわらず、事態の収拾に至らなかつた。三月一四日以降も、被告は組合要求の各項目について事務レベルで折衝を重ねたが、進展をみなかつた。三月一七日のストライキを前にして、同月一六日午後九時四五分から総裁と動労委員長とが会談し、総裁は一三日の当局提案を再確認し、さらに、深夜の乗務回数の問題についても、乗務回数を減らす方向で前向きに検討し、早急に結論を得るように協議しようと提案した。これに対し、動労委員長は機関で検討し回答すると約したが、その後開かれた動労中央委員会はストライキ突入を決定し、三月一七日から一二時間ストライキに突入した。被告は三月五日から約二週間、途中二、三日を除き夜を撤して努力したが、動労の闘争至上主義のため水泡に帰したのである。

(3) 被告は本件争議行為に際し、本社及び各鉄道管理局に闘争対策本部を設置し、旅客・貨物列車の運行確保に努めたほか、各鉄道管理局においても、各機関の長が部下職員に対して違法な争議行為に参加しないよう警告し、闘争の防止と被害の予防について、極力対策を講じた。

本件争議行為の結果、旅客、貨物の輸送が著しく混乱し、通勤通学等の旅客は足を奪われ、また魚、野菜などの生活必需品が値上りして、一般経済生活にも影響が出てきたため、被告は旅客列車の代替としてバス延べ七三七台により延べ人員四万六〇〇〇人を代替輸送したほか、北海道、東京間の生鮮食料品の輸送のため、トラツク延べ六八台を運転して六八〇トンを輸送するなど差し当りの輸送の確保に努めた。

(四) 原告の主張によれば、運送契約は運送取扱人である日通が自己の名をもつて運送契約を締結しているのであり、従つて、被告に対して荷送人の地位に立つものは日通であり、真荷主である原告ではない。原告と被告とは直接の契約関係がないから、被告に債務不履行の責任はない。

仮に原告と被告との間に運送契約関係があつたとしても、争議行為のため被告が第三者に対する債務を履行することができなかつた場合に、債務不履行責任を負うか否かは、民法四一五条の原則によつて決すべきところ、本件争議行為は債務者である被告の責に帰すべからざる事由に該当し、被告は債務不履行責任を負わない。しかも鉄道運送においては、延着による賠償責任の成立要件及び賠償額は法令上限定されているので(鉄道営業法一二条、鉄道運輸規程三一条、七四条)、原告主張のような値引処理による損害については、被告に賠償責任はない。

5  同5の(一)、(二)の事実は不知。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告には、被告職員の結成した労働組合として、職員のうち主として機関士をもつて組織された動労と一般職員をもつて組織された国労があり、右両労組は昭和四八年春闘の一環として、動労は「運転保安」を、国労は「反合理化」を重点要求項目に掲げ、同年三月五日午前零時から順法闘争の名の下に争議行為を開始したこと、同年三月六日には旅客列車で約三〇分ないし約一時間四〇分の遅れが生じ、東京近辺では国電が午前中のみで一一九本の運休を生じたり、多数乗客に怪我人が生じたこと、三月七日までに貨物列車の運休本数は三〇二一本に達したこと、三月一二日から動労が再び争議を続行したこと、同月一三日上尾駅で旅客騒動が起つたこと、動労が三月一七日東京、高崎、広島、米子、盛岡の各地方本部を拠点として半日ストライキを実施したことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すると、動労は昭和四八年一月一九日開催された第七六回臨時中央委員会において、運転保安確保を最重点に三月上旬から順法闘争を展開し、三月中旬には長時間ストを設定して要求の解決をはかることを決定し、さらに三月二日右決定をふまえ具体的な戦術を決め、翌三日具体的戦術指令を各地方本部に発するとともに新聞発表を行なつたこと、そして前認定のように動労は第一波行動として三月五日から同月一〇日まで、第二波行動として三月一二日から同月一七日まで争議行為を行い、また、国労も三月五日から一部地区で順法闘争を行つたが三月一三日いつさいの闘争を中止したこと、三月五日より同月一七日までの争議期間中、(この間、三月一一日には一時中止されたものの)、右争議行為のため、ほぼ連日全国規模で旅客・貨物列車ともダイヤが大混乱し、当初約三〇分ないし一時間の遅延が日を追つて累積し、長距離旅客列車の途中折返し、または運休を生じ、一方貨物輸送については生鮮食品等の輸送確保を最重点に運転状況、ヤード作業等を勘案しながら輸送手配がされたものの、極度の作業能力の低下により首都圏を中心に再三麻痺状態となつたこと、右のような輸送状況を継続しつつ、三月一七日午前零時から前認定のように各拠点で動労がストライキに突入したため、特に東海道、山陽、東北線等において旅客・貨物列車とも完全に麻痺状態となり、三月五日から同月一八日までを通じて運休本数は旅客では約一万二〇〇〇本、貨物では約二万本に達し旅客では約0.7日分、貨物では3.8日分の輸送停止に相当する輸送の混乱を生じたこと、また、旅客列車がほぼ正常な運転に復したのは北海道地区を除いて三月一八日午後からであり、貨物列車については同月二〇日以後になつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二原告代表者の尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は名古屋市内に本店を有する玩具等の製造並びに販売等を営む株式会社であり、ひな人形或いは五月人形などの季節玩具などを取り扱い、全国各地に販売先をもつていること、右製品の販売先への輸送は主に国鉄のコンテナ便を利用していたことが認められる。

三原告は、本件争議行為の結果、原告製品の販売先への輸送につき、国鉄の貨車輸送を切替えて別紙計算表1記載のとおり他社トラツク便を利用することを余儀なくされ、同表差引損害欄記載のとおり合計金六四万一七五〇円の運賃差額と同額の損害を生じたところ、右は原告の言う国鉄利用権の侵害であり、被告は原告に対し不法行為(民法七〇九条、七一五条、四四条)による右の損害賠償義務を負う旨主張する。ところで、原告主張の右金六四万一七五〇円の差額支出をもつて、被告のした不法行為による損害と目し得るためには、国鉄便利用につき被告との間に契約関係に立つていない(原告が別紙計算表1で主張するトラツク輸送切替分なる輸送は、すべて、被告との間で運送契約を締結していない分であることはその主張から明白である。)いわゆる一般利用客による国鉄利用関係が、法的保護の対象となる利益であることを前提とするところ、原告の場合のように、第三者が被告との間に契約関係を有せず、単に、将来契約関係に入ることを予定している段階では、たとえ争議行為の結果事実上国鉄を利用できなかつたとしても、右の第三者は、単に期待利益を逸失したものにすぎず、このような国鉄を利用できる期待利益はいまだ法的保護の対象となる利益と認め難いものといわねばならない。従つて、原告の言う国鉄利用権は法的保護の対象となり得ず、原告のこの主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

四次に、原告は、日通を運送取扱人とし被告を運送人として昭和四八年二月二八日及び同年三月五日玩具商品を発送したところ、右玩具商品について別紙計算表2に示すとおり、商品の延着があり、それにより合計金五〇万円の被害弁償を余儀なくされ同額の損害を受けた旨主張するので検討するに、〈証拠〉を総合すれば、原告は昭和四八年二月二八日鹿児島市泉町三番二一号有限会社高岡屋(以下高岡屋という。)に対し、ガラス入り人形ケースを静岡通運株式会社(以下静岡通運という。)を通し被告の貨物列車にて、静岡市の佐藤商店から直送したこと、静岡通運は三月五日これを発送したこと、静岡、鹿児島間の通常到着日数は四日であり、三月九日には到着すべきところ、本件争議行為のため三月一七日に到着し、八日延着したことは認められるが、原告提出の証拠その他本件全証拠によるも、右延着により高岡屋が受けた損害の額及び原告が主張の損害賠償を余儀なくされた合理的根拠を認めるに足りない。甲第一二号証の一には、右商品の中に三月一四日に到着することを要する特別注文品があり、これが納期に間に合わずキヤンセルされたとの記載があるけれども、原告代表者の尋問の結果によつても、右特別注文品の発注者、数量、三月一四日に到着することが必要であつた理由が明らかでないし、右供述によれば、高岡屋は右商品を原告に返品していないことが窺われるので、その後右商品がどのように処理されたかも不明であり、右商品についての損害額を認定することは困難である。また、原告代表者の尋問の結果によれば、五月の節句物商品は三月中旬までに到着すればよいことが認められるところ、高岡屋に対しは前示のとおり三月一七日に到着しているのであるから、前記特別注文品を除くその余の商品の延着によつて高岡屋が損害を受けたとは断じ難い。また、原告代表者は、高岡屋から五〇万円を要求され、電話で交渉したり、原告の従業員が出張して交渉した結果、二〇万円を値引した旨供述し、甲第一二号証の二には、昭和四八年五月五日付で高岡屋が二〇万円を領収した旨の記載があるけれども、前認定のように高岡屋がいかなる損害を受けたか明らかでなく、かつ延着の理由も原告の発送が遅れたためでないのに、電話による交渉程度で二〇万円という金額を値引することを余儀なくされたとは解されないし、原告代表者は、原告の従業員が高岡屋との間にいかなる交渉をしたか不明である旨供述しており、甲第一二号証の一には、「三月一八日電話で折衝した」旨の記載はあるけれども、原告の従業員との交渉については記載がないことからすれば、原告の従業員による交渉の結果二〇万円を値引することを余儀なくされたとの事実は認め難いというべきである。原告が本訴を提起したのが昭和四八年四月五日であること訴訟上明らかであり、原告は訴状において既に高岡屋に対し延着損害のため値引名下に二〇万円を負担した旨主張しているのであつて、これは前記商品が到着した三月一七日から数えて二〇日目という速さであることを考え合わせると、原告が高岡屋に対し二〇万円の損害賠償をしなければならなかつた首肯すべき根拠を見出すことはできないので、原告が高岡屋に対し値引をした事実があるとしても、これを原告の蒙つた損害として被告に対しその賠償を求めることはできないと言わざるを得ない。つぎに、〈証拠〉を総合すれば、原告は昭和四八年三月五日旭川市一条一一丁目小林玩具株式会社(以下小林玩具という。)に対し、玩具を日通を通じ被告の五トンコンテナにて発送したこと、名古屋、旭川間の通常到着日数は六日であることは認められるが、原告提出の証拠その他本件全証拠によるも、右商品の種類、数量、到着日、小林玩具が受けた損害の額、原告が主張の損害賠償を余儀なくされた合理的根拠を認めるに足りない。原告代表者は右商品の到着日は三月二二日であると供述するけれども、甲第一五号証によつても到着日は明らかでなく、右供述はにわかに措信し難い。また、原告代表者は、小林玩具に送付した商品の内容は不明であると供述しているので、それが季節物であると断ずることはできないし、前示のとおり五月の節句物商品は三月中旬までに到着すればよいのであるから、原告主張のとおり三月二二日に到着したとしても、僅か二日の遅れにすぎないから、そのことによつて小林玩具が三〇万円という多額の損害を受けたとは解せられない。してみれば、原告が小林玩具に対し三〇万円の損害賠償をしなければならなかつた合理的根拠は認められないという外はなく、原告が小林玩具に対し値引あるいは金銭の支払をした事実があるとしても、高岡屋の場合と同様これを原告の受けた損害であるとして被告に対しその賠償を求めることはできないというべきである。そうだとすれば、原告の前記主張はその余の点について判断するまでもなく採用し難い。

五よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(可知鴻平 松原直幹 高野芳久)

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